渋谷の隠れた『大人地区』で強烈に支持されるワインビストロ -料飲店トレンドと繁盛店事例 vol.9-

Vol.9は「渋谷の隠れた『大人地区』で強烈に支持されるワインビストロ」です。

日本国内のワイン消費量は増加の一途、2010年代からは低価格輸入ワイン市場の広がりもあり、ワインと一緒に小皿料理をつまむビストロやバル業態も都内に続々オープンし、激しい戦いを繰り広げています。なかでも繁盛店が密集する東京・渋谷で2018年12月にオープン、開業後半年を待たずにリピーターを増やし続ける「ON the WINE(オンザワイン)」の取り組みをピックアップします。

ON the WINE[オンザワイン] (東京・渋谷)

渋谷駅から徒歩5分、まさに再開発真っ最中の駅周辺から少し離れた場所で2018年12 月にオープン。目立ちにくい外観ながらも、都内のワインマニアから強烈に支持されているのが、この「ON the WINE(オンザワイン)」だ。

渋谷の「大人地区」、桜丘のビル地下1階にある

渋谷の「大人地区」、桜丘のビル地下1階にある

同店があるのは渋谷駅から歩道橋をわたり、国道246号を横断した先の渋谷区桜丘という地区。渋谷駅周辺といえば、若者のハロウィン騒ぎや、外国人観光客がスクランブル交差点を夢中で見入るニュースで、「渋谷=若者と外国人がはしゃぐ街」といったイメージが強いだろう。

客席フロアが2つあり、扉も分かれているのが特徴

客席フロアが2つあり、扉も分かれているのが特徴

しかし駅から5分以上足を伸ばせば、この桜丘や、東急百貨店 渋谷本店の裏一帯に広がる「奥渋谷」など、30代以上の大人が静かに集う場所がいくつかあるのを知っているだろうか。今回紹介する「ON the WINE」は、まさにそんなエリアにぴったりの、渋谷の大人が通い詰めるワインビストロだ。

300種類から選ぶ小野沢さんのワインセレクトが大評判

300種類から選ぶ小野沢さんのワインセレクトが大評判

同店の目玉は、なんと言ってもオーナー店長兼ソムリエの小野沢一成(おのざわ・かずなり、写真左)さんが客の好みに合わせて縦横無尽に選び抜く、最高のワインだ。カウンター中心で全24席の小さな店だが、小野沢さんがフランス産中心に厳選した300種類のワインを完備。グラス売りでも10種類以上を提供する。合わせてシェフの濱田健次郎(はまだ・けんじろう、写真右)さんが作る、ワインが進むビストロメニューを楽しめる。

フルコースでも、ふらりと立ち寄るだけでも。店の使い方は客次第

フルコースでも、ふらりと立ち寄るだけでも。店の使い方は客次第

前菜の「自家製冷燻鴨ハム」(500円、税別)「パクチーの効いたフムス(ひよこ豆のペースト)」(500円、同)「鶏白レバーのペースト」(600円、同)などから、メインの肉や魚のグリル、パスタ各種まで取りそろう。客はフルコースを堪能してもいいし、飲み会の前後にふらりと立ち寄り、つまみを食べながら料理に合わせたおすすめワインを1~2杯飲むだけでもよい。

前の店からそのまま引き継いだ棚も、空間を演出

前の店からそのまま引き継いだ棚も、空間を演出

シックな内観に、きちんとしたワイン&ビストロメニューを提供する店だが、小野沢さんいわく「うちのスタイルはあくまで『居酒屋』。お客さまが楽しく飲んで食べてもらえば何よりです」とのこと。ソムリエのいるカウンターワインバー、という響きに、慣れない人は物怖じしがちだが、小野沢さんの気さくな人柄に惹きつけられ、リピーターになる客も少なくない。

こんがり焼けた衣とミルキーな広島産カキがあとを引く「カキの香草パン粉焼き」

こんがり焼けた衣とミルキーな広島産カキがあとを引く「カキの香草パン粉焼き」

しかしざっくばらんな雰囲気ながら、ワインの話になると少しギアが上がる。小野沢さんに同店イチ押しのマリアージュを提案してもらった。広島産カキにパルミジャーノ・レッジャーノチーズやタイム、パセリ入りのパン粉をまぶして焼いた人気メニュー、「カキの香草パン粉焼き」(800円、税別)とのペアリングである。チーズが香ばしいカリカリの衣に、カキのねっとりした食感と、ミルキーでやわらかな旨味がなんとも美味だ。

イタリア・サルディーニャ州産の赤ワインはまろやかで海藻のような香りも感じる

イタリア・サルディーニャ州産の赤ワインはまろやかで海藻のような香りも感じる

合わせるのはイタリア・サルディーニャ州産の赤ワイン、カンノナウ(D.O.C. CANNONAU DI SARDEGNA CLASSICO)の「DULE(ドゥーレ)」とのペアリングである。「魚介に赤ワイン?!」とたじろぎながらワインをひと口、すぐにカキも食べてみると驚く。カキ独特のコクや鉄っぽさが、このワインから感じる、海藻のようなミネラル感とぴったりなのである。生臭さやえぐみは全くない。

赤ワインと魚介の組み合わせでもえぐみや臭みは一切ない

赤ワインと魚介の組み合わせでもえぐみや臭みは一切ない

「フランスの『シャブリには生ガキ』という王道のルールから、シーフードには白ワインを合わせなくてはと思っている方が多いですが、それはカキを生で食べる場合のこと。今回のように、もともと旨味のあるカキに味付けしたパン粉をまぶし、加熱してさらに旨味を強めた料理なら、酸が控えめでかつヨード香(海藻と似たワインの香り)を感じる、この赤が合うのでは」(小野沢さん)

気分に合ったワイン、または料理から最適なペアリングを提案してくれる

気分に合ったワイン、または料理から最適なペアリングを提案してくれる

「ON the WINE」では、客が料理を選んでそれにぴったりのワインを提案してもらうことも、また「スパークリングワインが飲みたい」「最初の店でビールを飲んで来たので、いまはパワフルな赤ワインの気分」など、逆にワインの好みを伝えて合う料理を考えてもらうこともできる。マリアージュというと難しく聞こえるが、ここでは初心者が気後れすることなく、なおかつ気軽にワインと食のベストなペアリング体験ができるのだ。

高評価の小野沢さんのワインセレクト。マイグラスを持ち込む人もいる

高評価の小野沢さんのワインセレクト。マイグラスを持ち込む人もいる

店のメニューは季節ごとに少しずつ入れ替わり、おすすめするマリアージュも変動する。

「うちでは料理ありきでマリアージュを決めています。まず僕が食べたい料理のイメージを濱田に伝えて新作を作ってもらい、ワインを考えます。料理の味わいやインパクトと、ワインが持つ要素を組み合わせるのですが、頭の中で考えたペアリングが実際に飲むと合わないこともあり、試行錯誤の連続です」と小野沢さんは笑う。しかし、客の評価は高い。

「料理とワインの組み合わせが最高」「セレクトが抜群」と熱く支持する声もあり、リピーターの中には、自宅から持ち込んだマイグラスを店に常備している人までいるそうだ。

客席が2部屋に分かれるが、グループ客には個室にもなり使いやすい

客席が2部屋に分かれるが、グループ客には個室にもなり使いやすい

開業から半年で店が認知され熱心なリピーターが付いているのは、小野沢さんとシェフの濱田さんが同店のオープン前に勤めていたビストロ、「BISTRO Ku hanare(クーハナレ)」からのファンが多数いるからだ。同じ桜丘エリアで8年間営業し、人気の店だったが渋谷駅の再開発エリアに含まれ、やむなく昨年秋に閉店した。

立ち退きの時期が正式に決まって以来、小野沢さんは独立を前提に物件を探し始め、元は小料理屋だったという現在の物件に決定。トイレが2カ所あり男女別に設置できることや、2つの空間に分かれた客席スペースが、前のビストロと似ていて気に入ったそうだ。

元は小料理屋だった店舗をほぼそのまま使用。2つの空間をつなぐ穴は開けたが工事は最小限にとどめた

元は小料理屋だった店舗をほぼそのまま使用。2つの空間をつなぐ穴は開けたが工事は最小限にとどめた

2つの客席スペースを行き来する穴を開けたのと、厨房設備の一部とカウンター素材のみ改装したが、厨房と客席の配置や、壁のクロス、ワインがディスプレイされている店内の飾り棚などほぼすべてそのまま使用。かつて和食の店だったとは思えないほど、いまのビストロの雰囲気にぴったりはまっている。

前の店と同じ、桜丘で物件を探したのは「場所を変えなければ、当時のお客さまはまた来てくださると思ったから」と小野沢さん。濱田さんもシェフとして店の厨房に立つため、基本的に客が受けられるサービスの内容は変わらない。前店の閉店を惜しんだリピーターたちが、今度はON the WINEに場所を変えて、再び通い続けている。

再開発による前店の立ち退きと独立後、すぐにベストな物件が見つかり自分の店をオープンしリピーターも獲得。順調そうに見えるが、実は小野沢さんの飲食業界のキャリアは遅咲きだ。専門学校を卒業後、ミュージシャンを夢見てバイト生活を送っていたが挫折。30歳前にワインの魅力に目覚め、いくつかのワイン専門店での販売員などを経て、前職のオーナーと出会った39歳からが正式なスタートとなる。

本人いわく「若い頃は本当にちゃらんぽらんだった」そうだが、「前の店のオーナーと、お客さまに助けていただいたという幸運も大きく、そんな僕でも、40代からでも、自分の店が持てるということを伝えたい」と語る小野沢さん。さらにマリアージュの面白さは?と質問を投げかけると、

「ワインを本気で飲み始めた頃はマリアージュに関心がなく、『おいしいワインを飲んでいれば料理なんて食べなくてもいい』とすら思っていました。しかし、他の店でもお客さまの自宅でも飲める同じ1本のワインを、あえて『うちの店で飲んでいただく意味は何か?』と突き詰めると、うちのこの料理と合わせると面白いですよ、とご提案することが、どこにもない究極の商品になります。マリアージュは生産者が真剣に造ったワインに、サービスマンとしての自分も参加できる、能動的で楽しい作業なのです」(小野沢さん)

小野沢さんにとって、「ワインは仕事であり、自分の人生そのもの」だそうだが、店でその熱意を押し付けることは決してない。客の温度感に合わせてゆるやかに、かつ的確に提案する。そんなワインと食の世界を体験しに、初心者もワイン愛好者も一度足を運んでみてはいかがだろうか。

店  名

ON the WINE(オンザワイン)

住  所

東京都渋谷区桜丘町30-9 桜丘芳和ビル B1

運  営

小野沢 一成

電話番号

03-6416-5673

営業時間

月~土 17:00~25:00(L.O. フード23:00、ドリンク24:00)

定 休 日

日曜日

坪数・席数

19坪・24席

禁煙・喫煙

全席禁煙(※一部喫煙スペース有)

客 単 価

4,000円~5,000円

開 業 日

2018年12月

この記事を書いた人

浅野 陽子

フードライター。食限定の取材歴20年、『dancyu』『日経MJ』『AERA』『おとなの週末』『ELLE a table(現・ELLE gourmet)』『近代食堂』など食の専門誌を中心に、レストランや料理人への取材記事を多数執筆、テレビのグルメ番組への出演実績もある。『NIKKEI STYLE』(日本経済新聞社)の人気コーナー『話題のこの店この味』で毎月コラム連載中。
ブログ『フードライター浅野陽子の美食の便利帖

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