『北海道・枝幸産ホタテ』の一食材で勝負を賭ける居酒屋 -料飲店トレンドと繁盛店事例 vol.17-
Vol.17は「『北海道・枝幸産ホタテ』の一食材で勝負を賭ける居酒屋」です。日本人の肉食化傾向は年々激しくなる一方、「人生100年時代」がキーワードになり、中高年の間で健康ブームも到来。脂肪が少ないシーフードを扱う料飲店に注目が集まっています。
シーフードの店、と言えば、代表的なのはオイスターバーやカニ料理店ですが、最近ではイカやウニ、ハマグリといったよりニッチな海鮮食材に特化した専門店が現れています。今回はその一つでホタテ、しかも産地を北海道・枝幸町(えさしちょう)産に限定し、地域の繁盛店となっているホタテ専門居酒屋を紹介します。都心部から少し離れた住宅地にありながら、東京のみならず地方からも客が絶えない同店。ヒットの要因を探ります。
ホタテん家 (東京・中野)
中野駅北口、駅前の繁華街から少し離れた住宅エリア近くに立つ「ホタテん家」。
JR中央・総武線「中野」駅から歩くこと5~6分。駅近ではない立地、また中野駅前は近年、外国人観光客向けの観光スポットになりつつあるが、少し離れた住宅地に隣接したエリアに2018年4月オープン。以来、大人気店となっているのがこの「ホタテん家(ち)」だ。
同店は名前の通りホタテ専門の居酒屋で、しかも使うホタテは日本のほぼ最北端に位置する、北海道枝幸郡枝幸町(えさしちょう)産のホタテのみに限定している。オーナーの大須賀健太(おおすが・けんた)氏によれば、海鮮や貝料理の店は都内に無数にあるが、ホタテを専門に扱う店は同店が初だという。
2大人気メニュー「ホタテ浜焼き」(手前)と「半熟ホタテフライ」
なぜホタテ?しかも聞き慣れない「枝幸」にこだわるのか。まずは自慢のホタテ料理を食べてみよう。ちなみにホタテと相性が良いのは日本酒だ。店内のカウンターにはずらりと日本酒や果実酒が並ぶが、同店おすすめの最初の一杯は低アルコール度数(8%)の兵庫産の「Tehajime(てはじめ)」だ。
合わせたい料理は一番の人気メニュー、「ホタテ浜焼き」(320円、税別)。獲れたての枝幸産ホタテにバターをのせ、客席のコンロで豪快に焼いて提供。目の前で湯気を立ててグツグツ焼き上がる光景は迫力がある。
ホタテを焼き鳥のように味わうのが新鮮「ホタテの串焼き」
ひと口食べて、ホタテの凝縮した甘みと、肉とは異なるが繊維がみっしりと詰まった、弾力のある食感に驚く。続けて先ほどのTehajimeをゴクリ。こちらも日本酒特有の甘ったるさはなく、ワインのようなさっぱりしてフルーティーな飲み口にまた驚いてしまう。ホタテにたっぷりからまった、溶けたバターの風味もこの酒にぴったりだ。最初のペアリングだけでも、熱烈なファンが付く理由が少しわかる。
大粒の生ホタテを寿司で贅沢に楽しむ「丸ごとホタテ握り」
その他のおすすめメニューは、カリッとした衣と半生のホタテがあとを引く「半熟ホタテフライ」(800円、税別)、串打ちしたホタテを焼き鳥のように頬張る「ホタテの串焼き」(プレーン、テリヤキ、梅味噌など全7種680円~、同)、生のねっとりした味わいを堪能できる「丸ごとホタテ握り」(500円、同)や「ホタテユッケ」(830円、同)など。どれもホタテの甘みと、むっちりした食べごたえがとても美味だ。
「この甘みと独特の食感は、枝幸産ホタテならではのものです」と大須賀氏。ホタテん家創業以前は、楽天の北海道支社で食材のECコンサルタントをしていた同氏が、100社ほどのコンサルティングを行うなかで運命的に出会った食材だという。
カウンターにはホタテと好相性の日本酒がずらりと並ぶ
カキが産地によって味や風味が大きく異なるのは、フードライターとして取材でよく耳にするが、大須賀氏いわく「実はホタテも同じで、味が全然違います。枝幸の海はホタテのエサとなるプランクトンが豊富で、枝幸産ホタテのグリコーゲン(糖質の一種)値は、他の品種のホタテと比べて抜群に高いので甘みが強くおいしいのです。また繊維がそろって、食感も良いのが特徴です」。
カウンター席中心の明るい店内。客層は20代からシニアまで幅広い
2018年春の開業以来、枝幸産ホタテの魅力を生かした料理と、日本酒のラインナップにハマった客が通い詰める。住宅街近くながら、夕方早い時間から予約が埋まり、客には滞在2時間制をお願いしなくては回らないほどの繁盛ぶりだ。開業後すぐに、人気ユーチューバーが同店を動画で紹介したことで全国的に知名度が上がった。地元客はもちろん、遠方からも同店を目指して訪れる客も多く、大阪や福岡から「ディズニーランドとホタテん家に行くために東京に来た」と言う客や、さらにホタテの本場、北海道から足を運ぶ客もいるという。
店を切り盛りしながら、枝幸ホタテの国際ブランド化にも奔走する大須賀氏(左)
ホタテん家開業までの大須賀氏の経歴はユニークだ。明治大学卒業後、大手電機メーカーに就職したものの、単身渡米し寿司職人に転身。しかしアメリカ滞在時に「日本の素晴らしい食文化を、もっと違うやり方で世界に伝えたい」という思いが募る。紆余曲折を経て日本の楽天に入社。そして枝幸ホタテと出会い、現在に至る。いまでは同店の運営をしながら、並行して枝幸産のホタテの卸売や輸出業務も行っている。
高品質の日本食材は世界の食通から高く評価され、発展めざましい東南アジアなどから需要がある。「日本で『北海道のホタテ』というと全部同じと思われてしまいますが、生育環境の良さや生産者の方々の努力も含めて、枝幸のホタテの品質は世界一。もっと世界に広めていきたいです」と熱く語る大須賀氏。
脂肪が少なく甘みや旨みが強いホタテは女性客にも好評
自分が惚れ込んだ単一食材に特化して料飲店を作って軌道に乗せ、さらに輸出業務も推進。飲食部門以外の収入も見込めるうえ、日本の食ブランドの世界的地位向上や、地方活性化にもつながっている。オーナーの食への情熱が、自社の利益と社会的貢献の双方に結びついている、飲食業界の稀な好事例といえるだろう。
店 名 | ホタテん家(ち) |
住 所 | 東京都中野区新井2-7-12 |
運 営 | 株式会社Orlando Japan(オーランドジャパン) |
電話番号 | 03-3388-4740 |
営業時間 | 17:00~24:00(L.O.23:00) |
定 休 日 | なし |
坪数・席数 | 10坪・16席 |
禁煙・喫煙 | 禁煙 |
客 単 価 | 4,000~5,000円 |
開 業 日 | 2018年4月 |
この記事を書いた人
浅野 陽子
フードライター。食限定の取材歴20年、『dancyu』『日経MJ』『AERA』『おとなの週末』『ELLE a table(現・ELLE gourmet)』『近代食堂』など食の専門誌を中心に、レストランや料理人への取材記事を多数執筆、テレビのグルメ番組への出演実績もある。『NIKKEI STYLE』(日本経済新聞社)の人気コーナー『話題のこの店この味』で毎月コラム連載中。
ブログ『フードライター浅野陽子の美食の便利帖』
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